ヒトを含む哺乳類の脳には1千億個ともされるニューロンが存在しています。これらのニューロンが決められた発生プログラムにしたがって特異的に接続することで、運動・感覚・情動などの非常に多岐にわたる神経活動を可能にする“機能的な神経回路網がつくられます。当研究室では、この特異的な神経回路接続を構築するための設計図を明らかにすること、そして、この異常によって起こる疾患のしくみを解明することを目指しています。

<ニューロンの機能的な“かたちづくり”のメカニズム>

ニューロンの最大の特徴は2つの神経突起、つまり、“情報”の入力装置である「樹状突起」と出力装置である「軸索」をもつことです。これらの神経突起が空間的に正しく配置されることで、適切な回路接続がつくられます。特に、樹状突起のかたちはニューロンのタイプごとに大きく異なり、入力線維の種類やニューロンの情報処理能力を規定する大きな要因となります。つまり、個々のニューロンのかたちには機能に直結する重要な意味があるのです。わたしたちは、精巧な三次元構造の樹状突起をもつ小脳プルキンエ細胞をモデルとして、その樹状突起の空間配置のしくみを研究してきました。そして、リン酸化酵素LKB1シグナル経路が、自己の樹状突起どうしの交錯を防ぐ重要なはたらきをしていることを明らかにしました(Cell Reports, 2018; Front Mol Neurosci, 2018)。プルキンエ細胞を含む多くのニューロンの樹状突起にはそれぞれ固有の特徴がありますが、それらの制御システムはいまだによくわかっていません。わたしたちは、樹状突起のかたちづくりの基本原理を明らかにし、その機能的な意味に迫ることを目指しています。

<神経回路ネットワークをつくる発生プログラム>

特定の神経回路接続が構築されるまでには、発生期の多くのステップをすべて正しく経る必要があります。特に、軸索を遠く離れた標的の領域まで正しく導く「軸索誘導」、そして、そのあと特定の標的細胞を正しく認識してシナプスをつくる「特異的シナプス結合」はどちらも神経回路の接続特異性を決定する上で欠かせない重要なステップです。わたしたちは、後脳ニューロンの発生過程において軸索誘導因子受容体Robo3のRNAレベルでの発現制御が非常に大きな役割を担っていることを明らかにし、軸索誘導機構におけるRNA制御の重要性を世界で初めて示しました(Neuron, 2010)。また、同じく後脳ニューロンの特異的シナプス結合を担う分子としてシナプス接着因子Cadherin-7を発見し、その発現を抑制すると回路の接続特異性が失われて混線が起こることを明らかにしました(Cell Reports, 2014)。このような回路形成で重要なはたらきをする軸索誘導因子群やシナプス接着因子群がそれぞれのニューロンで時間的・空間的に特異的な発現パターンを獲得することでニューロンごとに固有の回路接続が確立されます。つまり、その遺伝子発現プログラムこそが脳神経回路の接続パターンを規定する「脳の設計図」となるわけです。わたしたちは、いまだほとんど明らかにされていないこの遺伝子発現プログラムを紐解いていきます。

<ヒトの脳を探る;モデル開発と神経疾患への応用>

これまでヒトの「脳」を研究することは困難でした。しかし、ヒト由来ES細胞あるいはiPS細胞から脳オルガノイドを誘導することでヒトの脳に似た組織構造を解析することができるようになってきました。現在の脳オルガノイド技術では、特定のニューロン群が誕生して生体に近い形で配列する(層構造など)ところまでは再現できるようになってきましたが、特定の回路接続をつくるところまでには至っていません。したがって、脳のような細胞の集合体ではありますが、適切な回路網をもつ“機能的な脳”ではありません。私たちは、今後このヒト脳オルガノイド技術の向上を目指していきます。また、脳オルガノイドをもちいた神経疾患の解析にも取り組んでいきます。